アロマ助産師あっこのつぶやき

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2020年5月

アロマ助産師になったわけ③

アロマ助産師になったわけ③

自己紹介を兼ねて、あらためて、
私が『アロマ助産師』になったわけを綴るシリーズです。
(月)(水)(金)に、全17記事を、一つずつあげています。
①はこちらから

*2017年11月~12月の間に、
アメブロ(アロマ助産師あっこの『自分でつくる!安心マタニティ&子育てライフ』サポート
でアップした記事の再掲(一部加筆・修正あり)になります。

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親元を離れる。
このことは、私を色々な意味で、変えていくことでした。

高校卒後から、入寮します。

記憶にあるのは、
よしやるぞー!
という、希望や気合いばかり。

心配はしていなかったかと。

相変わらず、私は太っていて、体重も70kgを超えていました。

10畳+板の間2畳の部屋に、4人の学生。
一人あたり3畳弱位の部屋での、共同生活が始まります。

部屋には机と冷蔵庫しかなく、その他の家財道具は、持ち寄って、部屋を作っていきます。

空調はガス式のヒーターがあるだけ。
冷房はなく、誰かが持ってきた扇風機で過ごします。

お風呂は大きなものが建物にひとつ。
脱衣所は狭く、ロッカーも限られていたため、
入るのに、廊下で列を作る。

キッチンは、ひとつのフロアに、ガス口がひとつのガス台と、小さな流しひとつ。
給食のお盆を少し大きくした分位の狭い調理台が一つずつ。

寮母さんなどいない、食事も提供されない、そんな寮でした。

書き出すと、なんか、すごい寮ですね(笑)

部屋のメンバーは、地方からの学生で、色々な価値観や、文化や、言葉(方言)に触れて過ごしました。

看護学科は、一般教養も学びますが、ほとんどは専門分野の科目。
そして、実習もどんどん入っていきます。

学生は楽しくやっていますが、やはりどこかで、
パーソナルエリアの少ない寮生活は、ストレスを生んでいきます。

私はというと、親元を離れたことで、食事などがすべて自分のやりたいように出来ます。

小さなキッチンで順番待ちをしながら、自炊をしていきます。

当初は、あまり考えていなかった食事内容も、栄養を学んだりするうちに、
カロリーや栄養素を気にするようになります。

そして、体重が少しずつ減っていくのです。
これに、私は喜びました。

「そうだ、ちゃんと、ダイエットしよう!」
こう決意し、
日々勉強に終われながらも、栄養を学び、料理を作り、減量に励みます。

まだ、
『カロリー神話』
にとらわれた栄養でしたが。

運動にも興味が湧き、筋トレや、ストレッチを学び始め、
同じ学校の理学療法学科の学生に少し聞いたりして、寮内で、ダンベル運動も始めました。

ヨガ道場に通い始めたのもこのころ。
実習が忙しくなる2年生の頃でした。

看護の座学と実習と、食事療法と運動と。

私は1年半かけて、47kgまで、減量しました。

入学当初に採寸した実習用の白衣は、ぶかぶかになり、ウエスト部分をきゅっと縫い付け着ました。

痩せたお陰か彼氏もでき、プライベートは充実していったようにみえました。

しかし、実習は大変で、学生同士もストレスからか、少なからずいざこざもあったかと。

そんな、環境も肉体も精神もストレスがあるなか、私も他聞にもれず、

  • 眠れない
  • 気分が上がらない
  • 集中できない
  • イライラする
  • 不安になる

なんてことも増えました。

さらには、

  • 冷える
  • 食欲がない(食べるのが怖い)
  • 便秘

という症状も。

今から思えばばこのころの食事、とても貧相でした。
朝は、8枚切り食パンのチーズトースト1枚。それを全部食べない日も。
昼は、学校の売店でお弁当を買いますが、おにぎり1個と野菜のおかず少し。
夜は、自炊ですが、野菜ばかりのおかずにご飯を少し。

友達と外食も、揚げ物やお肉は極力避けるか、食べたとしてもその後で罪悪感。

運動は相変わらず、

  • よく歩く
  • ダンベルなど負荷をつけた筋トレ
  • エクササイズとしてのヨガ

など、毎日のように行っていました。

『摂食障害(拒食症)』
の始まりです。

④へ続く

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